『ゴースト、お分け致します。』 そう書かれた紙が貼られた廃墟のドアを、叩く者はいない。 ぎし みし 何色とも呼べない色に変色した絨毯の上を、つやつや黒い革靴を履いた足が歩いてゆく。 足の主―黒の服に闇色の外套を着込んだ、癖毛の男―は、ゆっくりと崩れかけた階段を上り、着いた階の突き当たりのドアを開けた。 ギィイイイイ… このドアもまた、今にも崩れ落ちてしまう、と錆びた声を上げた。 男は室内だと言うのに黒いコートを脱がず、デスクの上のノートパソコンを開いた。 電子音と共に、デスクトップに『新着メール:1件』の表示が現れる。 「貰い手がいましたよ」 低い声でそれだけ呟くと、周囲の家具が一斉に空中を飛び廻りだした。 突然起こった異変に驚くことも無く、男はパソコンをシャットダウンし、家具たちに向き合った。 「落ち着きなさい。そんなはしゃぎ様では貰い手が呆れてしまいますよ?」 …………。 ぱた、がた ことん がつん ごとん 比較的大人しい音を立てて、家具たちは元あった場所へと戻り出す。 そのまま彼は中空に視線を漂わせる。 「大人しく寝床に戻っていなさい。必要があったら呼びますからね」 そう虚空に話しかける男。 「さて、久しぶりのお客様ですか」
その言葉に呼応するように、音の外れたインターホンが鳴った。
あとがき PR 2007/03/25(Sun) 21:40:44
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